履修不足・いじめ問題 教育基本法改正で改善できるか?
6日の衆院教育基本法特別委員会で、伊吹文科相は都道府県教育委員会に文科省より出向者が多数いることについて、出向者がある程度事態を把握していたかも分からないと語り、同省が履修不足を黙認していた可能性があることを認めている。
一部の教育基本法改正を推進している人の中に、「地方分権の行き過ぎで文科省が教育界をコントロール出来なくなっている」、地方と現場に任せればうまく行くという考えが、結果的にいじめや履修不足問題に繋がっている。国が統括し中央と地方の関係を再構築する必要があるといっているが、伊吹文科相は都道府県教育委員会に文科省より出向者が行っている、履修不足問題を黙認していた可能性があるといっている。けっきょく国が統括し、中央と地方の関係を再構築しても改善は望めないのでは。そればかりではない、この問題が発生した時、塩崎官房長官は「一義的な責任は学校」にあると、文科省には責任がないと言っていたが、そうとは言い切れないだろう。多いに責任があるでしょう。
教育基本法を改正し、教育のあり方のルール作りをし法規制を強化しても、これに携わる人が教育とはどう有るべきか、という根本の問題への認識の仕方により異なってくるのではないか。今の教育者は教育制度の中で与えられた業務を事務的に処理するサラリーマンになっている。教育は文化を育成するという大切な一面を担っています、サラリーマン化した教育者には荷が重過ぎるように思います。教育基本法の改正はこの傾向を一層押し進める方向に行くのでは。いまいそがれるのは教育者の育成のように思いますが。
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コメント
とても共感できる内容でした。申し訳ありませんが教育者の1人です。ただ、「今いそがれるのは教育者の育成」という言葉はもっともだと思うます。よく学級経営や授業がうまくいかない、こどもの生活習慣ができていないことを子どもや親のせいだという声がいろんなところで聞かれます。教師であるならばそれを全部背負い込んで、言い訳をするべきではないと思います。教師がそんな姿勢を見せ、それを保護者に後押ししてもらうことしか現状は変えられないと思います。教育基本法の「改正」論議がいかに的外れなことか。現場の実態を何も知らない方々の中身のない発言にはがっかりします。
投稿: 大塚英郎 | 2006年11月13日 (月) 21時25分
大塚様コメント、拝見しました。
私は安倍政権は短期政権で終わらせるべきだと考えているものです。憲法9条の改正、閣僚の核武装論容認発言、などとても支持できるものではありません。
大塚さんは教育者との事ですので、是非教えて頂きたいことがあります。履修不足問題、いじめ問題で学校長の自殺が報じられています。立場上校内での不祥事に責任を持たなければ成らない事は分かるのですが、責任を取るという選択に死を選ぶことが理解できないのです。学校が目指す方向性等について、学校長と教師、教育現場で話し合い、其のなかで決めて行くという事はしないのでしょうか。学校長と教師のなかで、問題意識の共有があれば、別な選択しもあるように思えるのですが。
投稿: 旅人 | 2006年11月13日 (月) 23時57分
お返事ありがとうございます。「学校がめざす方向性等について学校長と教師、教育現場で話し合いその中で決めていくことはしないのでしょうか」ということですが、少なくとも自分の学校ではそういう形でしており、またすべきだと思います。学級の問題は担任の責任ではなく同じ学年、学校の教師がみんなで責任をもって取り組んで行くのが本来の姿だと思います。ただ休日出勤があたりまえのこの時代、教師同士のつながりも弱まっているのが現実です。
学校長との関係で言えば「職員会議」が学校の方向を決める場であることが保障され、学校長と職場が是々非々の関係で話し合いができることが大切だと思います。最近の傾向として「学校長のリーダーシップ」がいわれ、「上(文科省・教委)からのトップダウン」が強められているように感じています。おそらく東京の公立学校はまさにそういう状態であろうと思います。現場を見ていない方々の机上の論理で命令されても子どもは動かないのです。おそらくいのちを絶たれた学校長は上から(文科省や教育委員会)のプレッシャーに押しつぶされてしまったのではないのでしょうか。残念です。
投稿: 大塚英郎 | 2006年11月14日 (火) 19時48分